腹は立てずに横にして

日々の想い、思い出話、雑然とした心の中を綴ります。
たまに毒っ気あり。

カテゴリ: あの頃

いとこが亡くなりました。

私と同い年です。

10年くらい会っていませんでした。

ガンと闘っていたようです。

10年以上前から。

最近は調子が悪いことが多く吐血したり、抗がん剤の影響で歩けなくなったりしていたようです。

小さい時から病気がちなのは知っていたけれど、死と隣り合わせの生活を続けていたなんて。

知らなくてごめんなさい。


お通夜に行けました。

久しぶりにあった彼は白く硬くなっていました。

キレイな顔をしていました。

でももう話すことはできません。


夏休みになるとおばあちゃんちでよく遊んだね。

お正月には田んぼで凧揚げしたり、かけっこしたり。

テレビゲームもしたね。

思い出をありがとう。

向こうでお父さん、おじいちゃん、おばあちゃんと出会ってね。

肉体の苦しみから解放されて、光の指す方へ進んで、ゆっくり休んでね。

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つい最近、ダブルワークをしていた方の話をしましたが、
もう一人思い出したなぁと思って。

その方は私の先輩でした。
つまり正社員でした。いわゆる副業ってやつです。
昔も今もウチは副業禁止ですが
(就業規則に書いてあるわけではないけど)
実際は若いころは相当数やっていたのかなと思います。
例えば「夜のお仕事」なんかは手っ取り早く稼ぐために先輩たちはやっていたかもしれません。
しかし、私はやったことがありません。
今思うと体力もあったしやっておけばよかったかなぁと思います。

先輩はこれまた「パン屋さん」に行っていました。
なぜ知ったかというと
私にだけこっそりと「パン」をくれたからです。
「朝にパン屋でバイトしてるから、あげるわ」と。

他の人にどれくらい知らせていたかわかりませんが
恐らく私の部では私にしか言っていなかったような気がします。

「もうこの仕事に飽きたからなぁ」と言う先輩はかっこよかったなぁ。
ショートスリーパーだしエネルギッシュだったから
きっと力を持て余していたのだと思います。

私の知る限り職場でダブルワークしていた人はその二人だけです。

何て狭~い見識の中で生きているんだと思います。
世の中にはそんな人いっぱいいるだろうに・・・
そして私もダブルワークを画策してみたけれど(バイトするとか)
結局やってないし。
何よりも私は眠るのが大好きなので無理なのだよなぁ。
フルタイムで働いてダブルワークをしようと思ったら
それこそネットを使うしかないかなぁと最近は考えています。
もう遅いくらいでしょうけど、ちょっとやってみないことには始まりませんからね。

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10年以上前のことです。

当時の職場にアルバイトさんがいました。
今の私ぐらいの年齢の方だったでしょうか。
基本的には夕方から夜9時までの勤務でした。
その方がもう一つバイトをしているということで
何のバイトか聞いてみると「パン屋さん」とのこと。
早朝から午後2時ぐらいまで「パン屋さん」に行き、
夕方からウチに来ておられました。

仕事ぶりも真面目で色々任せられる感じだったので
とてもありがたかったです。

そして一人暮らししているということで
「バイト2つ(もしかしたら3つかもしれないけれど)で
一人暮らしできるのかしら?」と勝手に心配になっていたし、
いい歳しているのに、バイト掛け持ちなんて、
人生に何かあったに違いない!と離婚したからかな?とか
親と断絶しているのかな?と勝手な妄想までしていました。

ほんと余計なお世話ですよね。。。

それくらい、正社員ではないということが私にとっては
心もとなく、ありえないことでした。

しかし10数年経ってみると、
そういう生き方もあるよなぁという感じです。
生活は苦しいかもしれないけれど
生きてはいけるし、
煩わしい人間関係を回避する方法としては
いいのではないかと。

これだけ人手不足なのだから
自分の好きなことをしながら
バイトをして生活する。
生活するお金を抑制することができれば
40歳超えても大丈夫だと思います。

私が異動してから割とすぐにその方は辞められたそうですが
原因は隣の部の変な性格の男だったので
私がいれば庇ってあげられたのにと思いましたが、
そうやって嫌だったら辞めて
違うところを探すことができるのもバイトの身軽さだと思うのです。

生活は楽ではないとは思いますが
そういう生き方もアリだと思い至ったために
思い出した「あの人」のことでした。

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昔は1月15日と決まっていたのに
ハッピーマンデー法で今年は本日1月8日(月)でした。

自分の成人式の記憶はありません。
というのも大学から地元を離れていて
成人式には行きませんでした。
今思えば行けばよかったのですが
容姿にも自信がなく、振袖などにも興味がなかったし、
中学の時の友達とも疎遠になっていたので
行く必然がなかったのでした。

しかし、1月16日には地元にいた覚えがあります。
なぜ覚えているのかというと
1月17日にあの「阪神淡路大震災」があり、
その前日に中学の時の親友と会っていたからです。
疎遠になっていたのになぜあの時会ったのか記憶がありませんが
成人式の様子でも聞いていたのかもしれません。

その次の日の午前5時46分に地震がありました。
被災地に近い町だったのでかなり揺れました。
ドーンと突き上げるような縦揺れの後、小刻みな横揺れが長く続きました。
収まると部屋の壁が剥がれて土っぽい匂いがしていました。

2階から1階に降りると
父と母が懐中電灯、ラジオを持ってきました。
ラジオを点けると通常放送でしたが、
「近畿地方で地震があったようです」というようなアナウンサーの報せ。
私は外に出て様子を見たかったのですが電柱が倒れるかもしれないと父に制止されました。

家族5人で身を寄せ合って夜明けを待ちました。
明るくなるにつれて、震源や震度や被害の様子が明らかになってきました。
テレビを点けるとぐちゃぐちゃになった高速道路、線路、駅などが映し出され
そのうち火災の様子が刻々と知らされます。
怖くて怖くて仕方がありませんでした。

わが町はすぐに電気やガスなども復旧したので
普通の暮らしをしています。車に乗って近くのスーパーにも行きました。
しかしテレビを点けると現実とは思えない光景に家族の口も重たかったことを
覚えています。

よく実家に帰っていたものだと思います。
携帯電話も今の安否確認のシステムもSNSもなかった時代。
寮にいたならば、実家のことが心配でもどうすることもできなかったと思うと
何かに導かれていたのかもと思います。

それから何日実家にいたのか覚えていません。
余震も続いていたのでよく眠れませんでした。

交通機関が一部復旧してから何時間もかけて私は寮に戻りました。
そこでは日常生活が普通に送られていて
何の不自由もありません。
日常と非日常との差、紙一重です。
無常感、無力感・・・多くの方が抱いたと思います。

被災地ど真ん中にいたわけでないので、その方々の心中を察するに余りあることは承知です。
しかし何が起きても「人間はそれでも生きていかなければならない」のです。
「阪神淡路大震災」から23年の冬。
寒さの中、行かなかった成人式と震災の記憶をたどってみました。

ありがとうございました。

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人生で痴漢に遭ったのは2回だけです。
学生時代に電車の座席に座っていて
となりのおじいちゃんがゴソゴソと太股からお尻辺りを触ってきたのです。
怖かったので最終駅まで何も言えず、扉が開くとダッシュして逃げました。

2回目は15年以上前、
通勤の自転車での帰りのことでした。
後ろからバイクが来て
胸を揉んで去っていきました。
あまりの早さに呆然としました。

ああいうときは叫べないものです。

幸いにして、それ以降痴漢の被害に遭ったことはありません。

府県の防犯情報をメールで受け取れるようにしました。
私と同じような痴漢情報を目にすると、私もあのとき被害届を出すべきだったと思います。
そうすることで一人でも被害を防ぐことができるのですから。

逆に言えば、通報しない人がほとんどで、メールで目にする情報は氷山の一角、被害は数倍以上と推定できます。


府県警の防犯情報は市単位でメールで配信できますのでおすすめです。

痴漢ばかりではなくひったくり、不審者、不審電話情報も入ってくるので、意識しておくだけでも違います。

年の瀬で慌ただしいですが
防犯対策はしっかりとして
良いお正月を迎えましょう。



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