腹は立てずに横にして

日々の想い、思い出話、雑然とした心の中を綴ります。
たまに毒っ気あり。

タグ:ラジオ

昔は1月15日と決まっていたのに
ハッピーマンデー法で今年は本日1月8日(月)でした。

自分の成人式の記憶はありません。
というのも大学から地元を離れていて
成人式には行きませんでした。
今思えば行けばよかったのですが
容姿にも自信がなく、振袖などにも興味がなかったし、
中学の時の友達とも疎遠になっていたので
行く必然がなかったのでした。

しかし、1月16日には地元にいた覚えがあります。
なぜ覚えているのかというと
1月17日にあの「阪神淡路大震災」があり、
その前日に中学の時の親友と会っていたからです。
疎遠になっていたのになぜあの時会ったのか記憶がありませんが
成人式の様子でも聞いていたのかもしれません。

その次の日の午前5時46分に地震がありました。
被災地に近い町だったのでかなり揺れました。
ドーンと突き上げるような縦揺れの後、小刻みな横揺れが長く続きました。
収まると部屋の壁が剥がれて土っぽい匂いがしていました。

2階から1階に降りると
父と母が懐中電灯、ラジオを持ってきました。
ラジオを点けると通常放送でしたが、
「近畿地方で地震があったようです」というようなアナウンサーの報せ。
私は外に出て様子を見たかったのですが電柱が倒れるかもしれないと父に制止されました。

家族5人で身を寄せ合って夜明けを待ちました。
明るくなるにつれて、震源や震度や被害の様子が明らかになってきました。
テレビを点けるとぐちゃぐちゃになった高速道路、線路、駅などが映し出され
そのうち火災の様子が刻々と知らされます。
怖くて怖くて仕方がありませんでした。

わが町はすぐに電気やガスなども復旧したので
普通の暮らしをしています。車に乗って近くのスーパーにも行きました。
しかしテレビを点けると現実とは思えない光景に家族の口も重たかったことを
覚えています。

よく実家に帰っていたものだと思います。
携帯電話も今の安否確認のシステムもSNSもなかった時代。
寮にいたならば、実家のことが心配でもどうすることもできなかったと思うと
何かに導かれていたのかもと思います。

それから何日実家にいたのか覚えていません。
余震も続いていたのでよく眠れませんでした。

交通機関が一部復旧してから何時間もかけて私は寮に戻りました。
そこでは日常生活が普通に送られていて
何の不自由もありません。
日常と非日常との差、紙一重です。
無常感、無力感・・・多くの方が抱いたと思います。

被災地ど真ん中にいたわけでないので、その方々の心中を察するに余りあることは承知です。
しかし何が起きても「人間はそれでも生きていかなければならない」のです。
「阪神淡路大震災」から23年の冬。
寒さの中、行かなかった成人式と震災の記憶をたどってみました。

ありがとうございました。

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ラジオが好きです。

今はまっているのが

TBSラジオ月曜日~金曜日11時~13時の
「ジェーン・スー 生活は踊る」


ジェーン・スーさんは日本人で芸名(?)でありペンネームです。
何でも外国人割引のあるホテルに泊まるということで
偽名を使って泊まった時の名前をそのまま筆名にされたらしいです。
生業としては、作詞家、コラムニスト、ラジオパーソナリティといったところかな。

彼女を初めて知ったのはWebの対談でした。
恋愛にへなちょこな男性(たぶんミュージシャン)に切り込んでいく
その論点が今の世相を反映している!と思って
どんな人かと調べていくうちに
「未婚のプロ」と呼ばれていること、
著作「貴様いつまで女子でいるつもりだ問題」が発売され
余計ファンになってしまったのでした。

同世代なんですよね~そして独身。
共感できるところが多過ぎます。

上で書いた「生活は踊る」の前身のラジオ番組「相談は踊る」は
2時間、相談を受けまくって
時に厳しく、優しく相手に届く言葉で伝えていくスーさんの魅力満載だったのです。

「生活は踊る」は大御所の大沢悠里さんの後番組で
プレッシャーも相当だったと思います。
TBSラジオ、大きく舵を切ったなぁと思いましたよ。
離れていったラジオファンもいるかもしれせんが
新しく来たファンもいっぱいいると思います。

オンタイムではなかなか聴けませんが
「ラジオクラウド」や「radiko」で
一日の終わりの楽しみとなっています。




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