腹は立てずに横にして

日々の想い、思い出話、雑然とした心の中を綴ります。
たまに毒っ気あり。

タグ:戦争

今日は「敗戦記念日」でしたね。

73年前の今日戦争が終わりました。

祖母のおかげで戦争の愚かさを早い時期から感じることができたことに感謝しています。

住んでいたのが田舎だったので空襲はなかったのですが、
隣が大きな街だったので空襲があったと言っていたなぁ。
その燃える炎の明かりがほの暗い空に見えたとか
(本当かなぁ・・・)
20キロぐらい離れているのですけどね。

そして今は「火垂るの墓」の舞台に近いところに住んでいます。

あれも悲しい物語です。
戦争孤児は悲惨な末路を辿ったひとが多いと思います。

あの大義をかけた戦争が終わったことで呆然となり、そこからどのように生きて行ったらいいか・・・

とりあえずお腹を満たすためにどうしたらいいか・・・
そんなことをこの「敗戦記念日」を期に誰もが考えなければならなかった時代。

考えるよりも先に行動するしかなかったでしょう。
生きるか死ぬかですから。

もう二度とこのような悲しい想いをしないように、知っている世代からのバトンを受け継いで行きたいと思います。

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「戦没した船と海員の資料館」
に行って参りました。
外観写真を撮るのを忘れましたので資料館ホームページでご覧ください。

三ノ宮駅のデジタルサイネージを眺めていたら
ふとこの資料館の文字が・・・
最初から行くつもりではなく、たまたま見つけて何となく興味を持って
行くことになったのでした。

心にひっかかった原因としては
祖父を船の上で亡くしているということがあると思います。
船乗りというわけではなく
南方(おそらくインドシナ半島)に出征していた祖父は
1945年8月に戦争が終了して
引き揚げてくるとき、
コレラに罹って適切な医療を受けることができず
翌年の冬、船上で亡くなったのだとか。
だから何となく惹かれるものがあったのです。

展示は戦没した船の写真とその竣工から戦没までの軌跡を
1隻ずつ紹介しているもの。
なんと1941年~1945年で官・民・漁船合わせて7000隻以上もの被害があったのです。
その悲惨さを伝えたいということで設立されたとのこと。

戦争というと日本国土決戦や原爆などが取り上げられて
それは苦しい厳しい戦いであったことが伺えます。

日本は四方を海で囲まれていることもあり
船という手段は非常に重要であったため
このような船で殉死された方々の魂を鎮め
繰り返してはならないことを訴えることも大切であると思いました。
遺された方々の並々ならぬ努力があったのでしょう。


このような悲しいことは今も世界で繰り広げられています。
どうして人間は奪い合い戦うしかないのでしょうか。

毎年8月ならずとも考える機会がもう少しあってもいいのではないかと
思うのでした。


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