また1年経ってしまった。
月日が経つのは何て早いのだろう。。。なんて感傷はない。そりゃ早いだろうよとしか。
昨年からの一年は濃すぎて、1年以上の密度があった。
私の心を占めているのはほとんどが仕事であるが、
その濃度は薄かったり濃かったり様々であった。
しかし、この365日は人生の中でも一番濃い時期だったと思う。
なぜ濃い時期だったかを分析してみる。
仕事の内容については、あまり公開すると身バレの可能性があるので
かなりオブラートに包んで話さざるを得ず
なんのことかさっぱりわからないと思うが
ニュアンスだけ分かっていただければと思う。
1)自分の能力以上のことを求められ、応えていったこと
これはめちゃくちゃポジティブだ。
でも、ほんとしんどかった。辛かった。
ほとんど誰も助けてくれなかった(と思っていた)
しかし、人はこういった時に成長するものだなぁと感じた。
具体的には、
全く先が見えていない案件について、仮説を立てて実行すること
であった。
仮説・実行・検証
これはビジネスマンなら誰でも教えてもらったことがあるだろう。
PDCAサイクルってやつ。
今までの仕事を振り返ると着地点が見えているものが多かった。
サラリーマンて普通そうだと思う。
最初は見えていなくても経験値、先輩からの助言などで大体答えが分かってきて
自分なりの工夫の中で仮説実行検証をやることだと思っていた。
しかし、今の仕事は誰も着地点が全くわからない中を進んでいくというものだった。
だから誰に聞いても答えはない。世の中にも答えがない。
ただ完全なる間違いというものは存在していそうな感じ。
こんな五里夢中の中進んで行かなければならなかった。
そして、リーダーになってしまったものだから、
生来の真面目さとやらないといけないという呪縛から
がむしゃらに頑張った。
月日が経てば、今までの仕事のように、
着地点が見えてくる、そう信じていた。
目の前の仕事は流石に着地点が少しずつ見え始めて
手を動かすことができるようになっていった。
ところが、半年経っても1年経った今も
応用ができない。何も見えてこない。
そして、もう一つ辛いのが、
やっていることが合っているか間違っているかがわからないことだった。
だから検証ができているようなできていないような。
今回はうまくいったから、まぁこのやり方でいいのかな。
といった曖昧なものであった。
これは地味にストレスだった。
2)教えてくれる人がいない
今の仕事に入った頃、私より先輩は4人いた。
それが、3ヶ月目には一人辞め、10ヶ月後、1年後に辞めて
今は一人である。
この人は私より先に入っているが雇用形態の変更や私がリーダーになることになって
部下となったので、先輩というよりは、頼られる存在になってしまった。
上司は考え方を教えてはくれたが、実務のリーダーは私であったので
実質誰も教えてくれる人がいない状態だった。
そして部下は二人いたが、1)の考え方をするのが私より苦手な人達だったので
私が一人で背負うことになった。
辛かった。夢中でやっていった。そのうち疲弊していった。
これだけの人数辞めているのは、正直ブラックだ。
私が入る前も二人が次々に辞めたらしい。
そして派遣を二人雇うもすぐに辞めたらしい。
と、入ってから聞いた。
それを知っていたら、入社しなかったかどうかはわからない。
年齢も年齢なので、正社員転職を早く決めなければと思っていたため
耳に入ることはなかっただろう。
人間ていうのは自分の都合いいことしか、聞こえない生き物だと思った。
3)人間関係
これは、変な人もいなくてよかったのだが、
部下の一人と上司の反りが合わず
その間に入って通訳しなければならなかった。
部下本人も休んだり遅刻したりして辛かったと思う。
今は部下は何とか頑張っている。
ということで、この3点において
経験したことのない
濃い一年だった。
ここまで書いたらお察しの通り。
昨年も仕事のことを話題にしていて、
『続くかなぁ』的なニュアンスのことを書いている。
この私に伝えたい。
続かなかったよと。
正式に言えば、まだ続いているがもう辞めるよと。
辛いのを騙し騙しやってきただけだった。
1)に関しては、着地点は最初から「見えてこない」ことは自分でも分かっていたのだ。
非常勤で時々やってくる人がいるのだが、その人に尋ねたことがある。
「この仕事って慣れます?」
「いやー慣れないっすね」
自分が間違っていなかったことを確信した瞬間だった。
2)に関しては、助けを求めることができる人がいるというのは幸せなことであると分かった。
職場の中で一人でもいいからそういった人を見つけること。
私も部下の二人とは部下になる前は仲良くできていたが
仕事が絡むと難しい。
どうしてもやってもらう必要があるし、理解してもらう必要があるのだが
私自身がマネジメント経験が少なく、うまく引き上げてあげることができなかった。
そういった自分ができないことのイライラを部下にぶつけることが怖くて、
日常会話を話すことも少なくなっていった。
3)に関しては、上司と部下の問題なのだが、どうしても巻き込まれていた。
相性というものはどうすることも出来なさそうなのが分かった。
部下も一生懸命頑張っているのだが、上司が跳ね除ける。
それを見ていることにも強烈なストレスを感じた。
濃い一年はこの「辞める」という選択に集約されていると思う。
今の状況としては、辞意は伝えた。受け取ってもらったが、時期は未定。
なんやかんやと引き伸ばされている。
私が辞めたら連鎖するとか。
そんなん知らんがな。
もう引き継ぐ仕事もそんなにないし、閑散期であるので引き止められる理由は正直ない。
でも、自分の心身と時間を最大限に優先しようと思う。
もうやる気がないので、会社に行くだけで苦痛である。
早く辞める時期を確定させたい。
久しぶりのブログがこんな文章になってしまった。
でも人が書きたくなるのは、順境よりも逆境の時なんだよなぁ。
月日が経つのは何て早いのだろう。。。なんて感傷はない。そりゃ早いだろうよとしか。
昨年からの一年は濃すぎて、1年以上の密度があった。
私の心を占めているのはほとんどが仕事であるが、
その濃度は薄かったり濃かったり様々であった。
しかし、この365日は人生の中でも一番濃い時期だったと思う。
なぜ濃い時期だったかを分析してみる。
仕事の内容については、あまり公開すると身バレの可能性があるので
かなりオブラートに包んで話さざるを得ず
なんのことかさっぱりわからないと思うが
ニュアンスだけ分かっていただければと思う。
1)自分の能力以上のことを求められ、応えていったこと
これはめちゃくちゃポジティブだ。
でも、ほんとしんどかった。辛かった。
ほとんど誰も助けてくれなかった(と思っていた)
しかし、人はこういった時に成長するものだなぁと感じた。
具体的には、
全く先が見えていない案件について、仮説を立てて実行すること
であった。
仮説・実行・検証
これはビジネスマンなら誰でも教えてもらったことがあるだろう。
PDCAサイクルってやつ。
今までの仕事を振り返ると着地点が見えているものが多かった。
サラリーマンて普通そうだと思う。
最初は見えていなくても経験値、先輩からの助言などで大体答えが分かってきて
自分なりの工夫の中で仮説実行検証をやることだと思っていた。
しかし、今の仕事は誰も着地点が全くわからない中を進んでいくというものだった。
だから誰に聞いても答えはない。世の中にも答えがない。
ただ完全なる間違いというものは存在していそうな感じ。
こんな五里夢中の中進んで行かなければならなかった。
そして、リーダーになってしまったものだから、
生来の真面目さとやらないといけないという呪縛から
がむしゃらに頑張った。
月日が経てば、今までの仕事のように、
着地点が見えてくる、そう信じていた。
目の前の仕事は流石に着地点が少しずつ見え始めて
手を動かすことができるようになっていった。
ところが、半年経っても1年経った今も
応用ができない。何も見えてこない。
そして、もう一つ辛いのが、
やっていることが合っているか間違っているかがわからないことだった。
だから検証ができているようなできていないような。
今回はうまくいったから、まぁこのやり方でいいのかな。
といった曖昧なものであった。
これは地味にストレスだった。
2)教えてくれる人がいない
今の仕事に入った頃、私より先輩は4人いた。
それが、3ヶ月目には一人辞め、10ヶ月後、1年後に辞めて
今は一人である。
この人は私より先に入っているが雇用形態の変更や私がリーダーになることになって
部下となったので、先輩というよりは、頼られる存在になってしまった。
上司は考え方を教えてはくれたが、実務のリーダーは私であったので
実質誰も教えてくれる人がいない状態だった。
そして部下は二人いたが、1)の考え方をするのが私より苦手な人達だったので
私が一人で背負うことになった。
辛かった。夢中でやっていった。そのうち疲弊していった。
これだけの人数辞めているのは、正直ブラックだ。
私が入る前も二人が次々に辞めたらしい。
そして派遣を二人雇うもすぐに辞めたらしい。
と、入ってから聞いた。
それを知っていたら、入社しなかったかどうかはわからない。
年齢も年齢なので、正社員転職を早く決めなければと思っていたため
耳に入ることはなかっただろう。
人間ていうのは自分の都合いいことしか、聞こえない生き物だと思った。
3)人間関係
これは、変な人もいなくてよかったのだが、
部下の一人と上司の反りが合わず
その間に入って通訳しなければならなかった。
部下本人も休んだり遅刻したりして辛かったと思う。
今は部下は何とか頑張っている。
ということで、この3点において
経験したことのない
濃い一年だった。
ここまで書いたらお察しの通り。
昨年も仕事のことを話題にしていて、
『続くかなぁ』的なニュアンスのことを書いている。
この私に伝えたい。
続かなかったよと。
正式に言えば、まだ続いているがもう辞めるよと。
辛いのを騙し騙しやってきただけだった。
1)に関しては、着地点は最初から「見えてこない」ことは自分でも分かっていたのだ。
非常勤で時々やってくる人がいるのだが、その人に尋ねたことがある。
「この仕事って慣れます?」
「いやー慣れないっすね」
自分が間違っていなかったことを確信した瞬間だった。
2)に関しては、助けを求めることができる人がいるというのは幸せなことであると分かった。
職場の中で一人でもいいからそういった人を見つけること。
私も部下の二人とは部下になる前は仲良くできていたが
仕事が絡むと難しい。
どうしてもやってもらう必要があるし、理解してもらう必要があるのだが
私自身がマネジメント経験が少なく、うまく引き上げてあげることができなかった。
そういった自分ができないことのイライラを部下にぶつけることが怖くて、
日常会話を話すことも少なくなっていった。
3)に関しては、上司と部下の問題なのだが、どうしても巻き込まれていた。
相性というものはどうすることも出来なさそうなのが分かった。
部下も一生懸命頑張っているのだが、上司が跳ね除ける。
それを見ていることにも強烈なストレスを感じた。
濃い一年はこの「辞める」という選択に集約されていると思う。
今の状況としては、辞意は伝えた。受け取ってもらったが、時期は未定。
なんやかんやと引き伸ばされている。
私が辞めたら連鎖するとか。
そんなん知らんがな。
もう引き継ぐ仕事もそんなにないし、閑散期であるので引き止められる理由は正直ない。
でも、自分の心身と時間を最大限に優先しようと思う。
もうやる気がないので、会社に行くだけで苦痛である。
早く辞める時期を確定させたい。
久しぶりのブログがこんな文章になってしまった。
でも人が書きたくなるのは、順境よりも逆境の時なんだよなぁ。

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